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2009年03月14日

後輩が、日本一に!!

個人的なことで恐縮ですが、あまりの嬉しさについ。。。。(涙)

土曜ですし、浮かれてるのかも。お許しください。(曜日は関係あるんか?)

我らが 甲南大学体育会クルージング部 の現役諸君が、今年の学生日本一になりました。
現役の皆さん、本当におめでとうございます。パチパチパチ!!

並みいる強豪を倒しての優勝、すごいぞっ!!(^^)v

確かに学生の部活動としては大変珍しく、日本全体でもまともに活動しているのは10校
ないくらい。やはり関東が多い。

日本大学・明治学院大学・防衛大学・慶応大学・東京大学・千葉大学・武蔵工業大学・
神戸大学・甲南大学

これらの面々で学生選手権(於:新西宮ヨットハーバー沖)が開催され、
現役が見事優勝したとの嬉しい一報が。

あ、そうそう。
わたくし、学生時代(平成元年4月~5年3月)からヨットレースをやっておりまして。。。
http://www.eonet.ne.jp/~konan-cruising/

艇はこんな感じです。(当時の甲龍8世)
http://www.eonet.ne.jp/~konan-cruising/8sei.html


ちなみに、甲南クルージング部の日本一は16年ぶりのことです。

何を隠そう16年前は、そう、私たちが4回生の時であります!!
(それが言いたかったんやろ!^^;)

我々の頃はこの大会の優勝校が日本代表として世界学生選手権に派遣されていて、
我々も日の丸を背負ってフランス・コートダジュールで2週間戦ってきました。
(過去の栄光~)

バブル期には日本がアメリカズカップへ挑戦するなどして大手メディアに取り上げられる
ことも増えたので、チラッと一般にも知られるようになった感もありますが、それでもヨットは、
しかも大型艇でのレースというのは日本では今でもマイナースポーツです。

しかしどんなにマイナーであっても、日本でトップになることのハードルの高さは、
さほど大きな違いはないと思います。
なんたって、「1番」の席は一人(一チーム)しか座れないんですから!(^^)v

艇そのものの購入費(1,000万円以上)や係留・維持費(年間100万円以上)
など、確かにヨットはお金がかかります。

かといって学校からいただく補助も当然他のクラブと同額であるため、巨額の
活動資金を自ら稼ぐべく、毎日交代で須磨ヨットハーバーの宿直をし、休みの
日には大丸の六甲流通センターでお中元・お歳暮の仕分けなど、みんなで
あくせくバイトに勤しんでいました。
(個人が得た報酬は当然、活動費としてすべて上納)

艇を維持していく苦労もさることながら、殴られ蹴られしながらの須磨浦公園までの
絶叫ランニング、「限界トレーニング」と称して先輩に囲まれての腕立て500回、
落ちたらボコボコに殴られるなどの超非科学的訓練、今思えばアホらしいめちゃ
くちゃなコトを真剣にやってました。

まぁ海の上でのコトですから、「理屈を超えた世界」と言うのは確かにあって、
荒れた海に誤って落ちた時など「アカン。。オレこのまま死ぬの??」という経験も
それなりに、みんなそれぞれしてたと思う。

ちょっと横道に逸れますが、
「最後は気合いや!」「最後は気持ちで勝負が決まる!」くらいことは、どんな
スポーツでもある程度のレベルでやってきた人なら違和感のないことでしょう。

学生同士の体罰なんてじゃれ合ってるくらいのもんで、鼓膜が破れるくらい
ボコボコにされてても、先輩の愛情(というか悪気のなさ)は何となく肌で
感じるものです。(私はドMか?)

それが証拠に、練習が終わったらフツーにメシをごちになったり、ワイワイ飲みに
連れて行っていただいたりしてたし。。。(別にタダメシやったからではない)

あの時代の理不尽な世界が、実は社会に出てからすごく役に立っていると思う。
現実の社会って「理不尽」なことがたくさんあるから、いちいちまともに捉えて反発
してたら、疲れてしょうがない。受け流すことも必要やなと。

そして今の日本はナンだかんだ言っても恵まれているのだから、どんな厳しい
状況といっても、「まぁ、命まで獲られることはないわなぁ」ということがほとんどだから。
(あの時の練習では、「この先輩、加減っちゅーもんを知らんのか!殺す気ちゃうやろな!」
と心配してしまうようなことが、たまにだがあった。)

そんな下級生の可哀そうな現実なんか当然外部の方には全く理解されず、
「学生の分際でヨットなんて。やっぱ甲南やの~」
などとありがちな誹謗を浴びながら、それでもすごく楽しくて、学生なりに
一所懸命没頭していました。

同期にも結婚式とかでたまにしか会わないけど、会えば今でも、1回生でいちばん
しんどかった時の、お互いテンパッていた頃の思い出話で盛り上がっている。
「○○が△△先輩にランニング中に蹴られて反逆し、その他の先輩全員に囲まれて
一斉にボコボコにされてたよなぁ~。ハハハ!!(爆笑)」とか。

4年間逃げずにやり通したという意味では、ナンだかんだお互いを認めていて
連帯感も強い?
(でも冠婚葬祭しか、それとたまにのゴルフくらいでしか会わんなぁ)

40歳を前にして改めて思いますが、
こういう気色悪いオトコの世界、決して悪くはないですね~。(*^^*)

しつこいですが。
現役部員の皆さん、日頃からご指導されているOBの皆さん、本当におめでとうございました。
普段ナンにも支援らしいことをしていないのに、こんなときだけOBヅラして便乗し、申し訳ありません。

でもめちゃくちゃ嬉しいです。

一時は部員不足でクラブの存続自体が危ぶまれた時期があったと伺っていますが、
ホントによかった。(まだ部員不足が解消された訳ではないと思いますが)

※部員不足に陥ったのは、「1回生への体罰で、その学生が学生部にチクッて活動停止になった」
という何とも今どきのコらしい原因だそうです。(^^;)

私も現場で、彼らの頑張りに恥じないようやっていきます。

以上、ホント個人的にですが、とっても嬉しい出来事でした。(^^)

投稿者 seiun : 06:06

個人的なことで恐縮ですが、あまりの嬉しさについ。。。。(涙) 土曜ですし、浮かれてるのかも。お許しください。(曜日は関係...

2009年03月06日

「必要」な人になるために。(3)

前の2つを自分で読み返してみましたが、文章がクドイですね。(>_<)
しかも暑苦しい。ゴメンナサイ。

でも、ホンマに大事やと思ってることなんです。(*^^*)
文章がヘタなんは、しゃあない!(結局居直りかいっ!)
当然賛否はあるでしょうが、一緒に働いている仲間とは絶対に共有しておきたいことです。

--
さて、「必要」な人になるために、私自身が考えるコツがいくつかある。

どれもセコイものかもしれないが、「凡人」が人様に用いられ勝ち続けていくうえでは
絶対に必要だし有効だと(少なくとも私は)思っていることを書かせていただきます。

「相手中心」ということについて、です。

たびたび書いているのですが、本当に本当に大事なこと。
どんな業態であれ、商売の「本質(=外せないこと)」だと思います。
大人と「子供(=自己中心)」の、根本的な違いだと思う。

さてさて。
「自分がしてほしいと思うことを、人(対象者)にしてあげなさい」

誰のコトバだろう?聖書かな?

とにかく、よく聞くコトバである。物心ついたときから。

しかし今、私は思います。
これ、全くのウソですよ。絶対にっ!!

ナニを根拠に、「自分がしてほしいこと」を、自分と同じように「人(対象者)がしてほしいと思っている」なんて言えるんや?!

単に「自分がしてあげたいこと」を「人(対象者)に押し付けている」だけかも知れないのでは?

これこそ、まさに「自己中心性」であり「自己満足」じゃないの?
「(自分の)思い・善意」を「押し売り」して、「自己陶酔」しているだけでは?

多くの場合は、人間関係がおかしくなる。 少なくとも違和感発生。(涙)

そのままこの考え方で頑張れば頑張るほど、その人との心の距離は遠くなっていくだろう。

望んでいる結果とは全く逆。 あぁ、悲惨。。。。(ToT)

たまたま結果がうまく行ったとしても、それはあくまでたまたま「当たった」だけ。
もしくは、お相手が拒絶するほどには「外れていなかった」だけである。


大事なのは絶対、コレ。

「人(対象者)がしてほしい」と思っていることを、「その人にしてあげる」こと。

だから、喜ばれるのだ。
当たり前である。

その人が「真に」望んでいることをきちんと把握し、それを満たして差しあげる。

つまり「(自分本位の思い入れで)当てにいく」のではなく、「(お相手の願望を)外さない」という感じが大切。
それでこそ、「相手のために」となるのではないだろうか。

その人が望んでいることをして差しあげるから、「その行為」によってその人に「思い」が伝わり、その「心遣い」に感謝され、お付き合いを続けてくださるのだ。

え?じゃあ「相手が『真に』望んでいること」は、どないしたら分かるねん?

そんなのなんにも難しいことではない。
分からなければ、 横着せず(自分本位の予測で済ませず)に、「聞く」だけのこと。

ご本人に直接「聞く」のがムリもしくはマズければ、そのご本人の「好き嫌い」、「真に求めていること」を「確実に」ご存知の方にそれとなくでもきっちりと「確認する」ことである。


くれぐれも、予測・想像はぜったい危険。

「確認する」ことを怠って、「(自分なりに)予測・想像する」なんてぜったいアカン!!

(特に注意すべきなのは、中途半端に遠慮しないといけない距離感がお相手との間にあるとき。
親友レベルなら気兼ねせずズバリ聞けるだろうが、そこまでではない場合、多少の気遣い・遠慮が必要な場合に、「確認」を飛ばして「予測・想像」に走ってしまうことが多い。その時こそ「要確認」!!
その人を「喜ばせよう」と(意欲的になって)肩に力が入った時ほど客観性を失い、無意識のうちに「自分の欲求」を満たすことを最優先してしまい、墓穴を掘りがちなのだ。)

我々は「自分を基準に」置いてしか(=自己中心的にしか)、予測・想像するということなんてできないもの。


例えばプレゼント。

サプライズ~♪なんて言って、本人の好みをろくに考えず、「さぞかし喜んでくれるだろう」なんて勝手に期待して、相手が自分にめちゃ感謝してくれている状態を勝手にイメージして。。。

もしそのお相手の好みとズレてたら。。。

そりゃ、単に迷惑なだけやろっ!

しかもそれを顔にも出せず、喜んだ「フリ」でもしないといけなかったら、
お相手もたいがいしんどいやろっ!!

もしお相手が正直な(不器用な)人で、不満な感じが表情にチラッと出たりなんか
したら、「せっかくしてあげたのに~」とか「もっと喜んでくれると思ったのに~」なんて逆に文句を言ってしまうくらいかも。

アンタが勝手に期待しただけやろ!相手の好みも都合も考えんと!!

それでせっかくの人間関係がギクシャクなんてしたら。。。

こりゃもうマンガの世界です。(>_<)

でも日常、本当にたくさん起こっているように思う。

たとえば一人で昼ごはんを食べている人がいるとして。。。

A子さん:「ねぇねぇB子ちゃん、一人で食べるなんて淋しいじゃない!
      こっちで一緒に食べようよ~。♪」
     (みんなでワイワイやるのが好きで、みんなもそれが好きなはずだし、一人でいるなんて淋しいはずだ、と真顔で思い込んでいるA子さん。)

B子さん(の心の中):「え、えぇ。。。でも私は一人で色々考えながら食べるのが好きなんだけどなぁ。
      いつもじゃないにしても、今日はそういう気分なんだよなぁ。でも行かないとマズイかなぁ。」
     (一人でゆったりと考えごとをするのが好きで、あんまり長い時間人と一緒にいるとたまに疲れるB子さん)

結局、B子さんは断りきれずにみんなの輪に合流。しかし、あんまり会話に入れず。。。


A子さん:「B子ちゃん、自分なにぃ?(大阪では「相手」のことを「自分」と言う)なんでみんなの楽しい会話に入ってこおへんのぉ?せっかく誘ってあげたのに。」(出た~っ!!「せっかく誘ってあげた」なんて「自己中心」で恩着せがましい、しかも「上から目線」!

B子さん(の心の中):「いや、だからぁ。。。今日は自分一人で昼間に考えごとをしたかったのにぃ。。」
     (でもその場の空気も読んでしまい、「イヤなものはイヤ」と正直に言えない

A子さん:「ふんっ!この子、オモンないわ!」(大阪で実によくある会話^^;最も軽蔑した時に吐くコトバ)

B子さん:「…」

A子さんはB子さんに、みんなと一緒に食べたいかどうかをまず「確認する」ことです。
(もちろん「ダブルメッセージ」(例:イヤよイヤよもスキのうち)というものはあるので、その人の性格も含め、「本当に望んでいること」を確実にキャッチすることが必要


とにかく、大事なのは「相手中心」。

「喜んでほしい」という思いは確かに尊いものですが、我々は動物的本能として、とことん「自己中心」的な生き物であることの自覚を忘れずに。

お相手の欲求を満たすことを忘れて?もしくは放っておいて、「自分の欲求を満たすこと」をつい優先してしまいがちので、くれぐれも気をつけよう。

「相手のために」なんて言いながら、実は「あなたを喜ばせようと思ってこーんなに動いている私」を認めて~♪なんてメデタイことにならないように、注意注意。。。
(とエラそうに言うてる私も、日常はどうだか。。。^^;)

人は、「自分が『真に』求めているモノ(感情・こと)を手に入れるために、『必要』な人(モノ・企業)」をそれこそ必要とし、期待し、信頼する。

特にビジネス社会では、ホントにそう思います。


(文責:常務 田畑良一)

 


投稿者 seiun : 05:53

前の2つを自分で読み返してみましたが、文章がクドイですね。(>_ しかも暑苦しい。ゴメンナサイ。 でも、ホンマに大事やと...